私自身の青春と重ねるような想いで愛読した五木寛之の名著「青春の門」が23年のブランクを経て再スタートした。主人公の伊吹信介は九州・筑豊から上京することの理由を・・・具体的に自分の人生をささげつくす対象が彼には摘めないのだった。「それを見つけに行くのだ」信介は口の中でそうくり返した・・・(青春の門、筑豊編最終章より)。
私は現職時代に筑豊編から自立編を入学まもない学生たちに読むことを薦めた時期があった、けれど時代の流れの中で応答する学生は徐々に少なくなっていった。
再スタートした五木寛之氏は青春を遠く離れた玄冬の果てにいるという。第九部となる「漂流編」がどんな物語を展開するかは五木文学フアンにとって興味深いところだ。書籍になるのを待つにはあまりにも遠すぎる。まずは掲載される週刊誌を買いに行くことになったが、再開早々苦境に立たされているようだ。「馬鹿も利口も命は一つたい」と信介の父、重蔵の言葉をつぶやいていた。

敬愛する馬場駿吉氏が名古屋出身で国際的に活躍し6年前に定住先のニューヨークで亡くなった美術家、荒川修作論を出版した。馬場駿吉氏は俳人で元々は医学者で大学病院の院長だった。現在は名古屋ボストン美術館館長を務め美術批評はじめ多義にわたる文芸批評をされる。早くから荒川修作氏と親交のあった馬場氏が語る荒川芸術は私の知る荒川芸術よりはるかに興味深く一気に読み入ってしまった。難解だといわれる現代美術を荒川芸術を通して分かりやすく語りかけている。

五木寛之氏と馬場駿吉氏はともに同い年だが、ともに今が青春のごとく夢にむかって驀進している。人は夢を失ったときに老いるといったS・ウルマンの言葉がよぎる。厳冬がつづく、春を待ち遠しく思う。

トークショーのお知らせ
現在開催中の「絵画の何か:ニュー・オールド・マスター」展(2月28日~3月25日*日・月休館*会場:MATnagoya名古屋市港区名港1-19-1 MINATOMACHI POTOLUCK BULILDING3F:電話052-654-8911:地下鉄:名港線・築地口下車2番出口徒歩1分)3月11日(土)午後2時~4時・アーティスト・トークを致します。予約不要
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2017.03.02 / Top↑
明治の初め頃に描かれた高橋由一の作品「鮭」という名作がある。まるでそ作品を想起させるような美しい新巻鮭を暮れに友人が届けてくれた。先年に北海道に住む友人から新巻鮭の作り方を聞いたことがあった。故郷の川を離れた鮭の稚魚は荒波にもまれ数年後に成長して戻ってくる。そのたくましく成長した鮭を塩漬けし、水洗いし寒風にさらし干す。長い工程を経て美しい一つの商品(作品)に仕上がるのだという。艶やかな鈍い輝きに不思議な魅力を感じ強く引き込まれれる思いだった。

いまだ賀状がだらだらと数枚ずつ届く。その都度、郵便局へ葉書を買いに走る。なんども買いに行くのは面倒だから、思い切って多めに買い求めたのだが、その後さっぱり賀状は届かなくなった。返礼を書く速度は昨年より断然速くなったように思う。海外からは数年前から電子祝賀メールが多くなった。パリに住む友人からは激動する世相に不安を綴た内容だった。日本は平和そうだが大丈夫かという。大丈夫ではないと返礼に書いた。

ゴッホとゴーギャン展が市内の美術館で始まった。オープニング・レセプションに出かけたが、さすがに大勢の人で賑わっていた。外国の作家の展覧会は総じて良い作品はきていなものだ。本家の美術館がメインの作品を貸出すわけがないからだ。ゴッホと言えば小林英樹氏を思い出す。ゴッホの研究では第一人者だ。県立藝大を定年退任し名古屋を離れてからは会うことはなくなったが、強烈な個性を持った人だった。賀状の住所は北海道になっていた。夏になったら会いに行こうと思う。

展覧会のお知らせ。展覧会名:「絵画の何か/ニュー・オールド・マスター」展に出品。会場:MINTOMACHI POTLUCK BUILDINNG 3F EXHIBITION SPACE
名古屋市港区名港1-19-23電話052-654-8911。会期:2017年1月28日(土)~3月25日(土)11:00~19:00(入館は閉館30分前まで)。閉館日は日、月、祝日。オープニング・パーティー:27日(金)18:00~。トークショー3月11日(土)14:00~。是非ご高覧ください。



2017.01.13 / Top↑
今年も年賀状を書く時期の到来。けれど机の隅に今年いただいた賀状がまだ積まれ、返礼を書き終えた状態が生々しく残されたままになっている。毎年ながら年賀状は万年筆での手書きで、いつもカートリッジインクが途中でなくなってしまう。今では万年筆のインクを近くの文房具店で入手するのは難しく、街に出たついでに買い足さなければならない。PCの時代に万年筆売り場をわざわざ優遇する店などあるだろうかと思いながら店にはいた。入口をはいてすぐ右手に万年筆売り場が目に飛び込んできた。売れないものでも万年筆という文化を守ろうという老舗文房具店の強い思いが感じられるのだった。

GUTAIをはじめ近年、海外で日本の前衛芸術が高く評価されている。草間彌生氏が文化勲章を受賞した。権威と権力を嫌って閉鎖的な芸術を破壊続けてきた草間氏は受賞を辞退するのではと思ったりもしが悠然とした姿は流石だ。ヒトラーが自由な発想のもとで創作される前衛芸術と作家を追放した。アベ政権は数のもとやりたい放題の無法ぶり。仲間から異論も出ない思想統制はファシズムの台頭のような危うさを強く感じる。

来年1月末がら3月末まで開催される展覧会で古くからの友人と一緒することになった。その友人は27歳でパリ青年ピエンナーレの日本代表に選ばれ今なお国際的に高い評価を得ている私が敬愛する作家だ。打ち合わせのため訪れた会場で久しぶりの再会。帰りに精肉店の前で足を止め揚げたてのコロッケを私は一つ友人は二つ買い歩きながら頬張った。学生時代に池田満寿夫さんに腹を空かした私にコロッケを買ってもらったことが懐かしく脳裏をかすめた。今年も制作と発表に明け暮れた感が強い一年だった。

紅茶の専門店
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2016.12.20 / Top↑
爽やかな秋風に吹かれて銀座のオープンカフェ.で古い友人と久しぶりに会食をした。向い側の風景がアーチ型に開口された塀と蔦が絡まる半円形の窓。門は通称フランス門扉とお洒落な佇まいで、そこは一見パリの街角を思わせるような風景だった。
会食した友人は私が最初に勤務した職場からの長い付き合いで専門は違うが絵画のことに造詣が深く、私が教わることが多かった。最初の職場からは、その後お互いにそれぞれ職場を変えたが彼は昨年早期退職したという。早期退職して一番よかったのは頻繁に開かれる会議が無くなったことだという。その気持ちは私もよくわかり同感だった。人生で長く交友が続くのはそう多くはない。

「風に吹かれて」が収録されているボブ・ディランの最初にリリースしたジャケットは自宅の前で恋人と身を寄せ合う素敵な写真だ。「フリーホイーリング・ボブ・ディラン」のジャケットは今も私の書斎の片隅に置かれている。ディランの初期の作品に多大な影響を与え恋人だったスーズ・ロトロは中学生時代にすでに公民権運動に参加していたという。創造的な生活には夢や希望、憧れを抱かせてくれる友人や恋人の存在は計り知れなく重要である。

銀座洋協ホールで開催されていた「西からの小さなメッセージ」展にはお忙しい中ご高覧いただきありがとうございました。伝統ある日本洋画商組合の大阪・名古屋組、初めての特別企画展はとても興味深いものでした。

地震が頻発する。脱原発を目指す鹿児島県知事に続き新潟県知事に原発再稼働に慎重な候補が選ばれた。国民の原発への不安感が徐々に強くなっている。地方からの政権批判だ。オリンピックに巨額施設は異常、豊洲市場、差別発言・・・どれをとっても異常としか思えない。よくも国が崩壊しないものだと怒りを覚える。

中西夏之さんのこと

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2016.10.22 / Top↑
今年も恒例の松本の音楽祭に出かけた。先年に筑紫哲也氏が「ヨーロッパを一人音楽武者修行した、オザワ青年も65歳になりました」と司会した時から毎年、夏には松本に行くようになった。その時のプログラムはチェロのムスティスラフ・ロストロポービッチ。ヴァイオリンのマキシム・ヴェンゲーロフ。ソプラノ歌手のバーバラ・ポニー等と素晴らしいものだった。サイトウ・キネンオーケストラのメンバーも当時から随分若い世代へと受け継がれ変わっていった。

音楽祭中は松本市内がクラシック音楽で覆われているように感じる。漬物屋にはいても、蕎麦屋にはいても、骨董屋にはいてもクラシック音楽が店内を流れる。蕎麦屋の店員に音楽祭の期間は街中にクラシック音楽を流すことになっているのかと訊ねたところそうではないとのことだった。

信州の晩夏には私は特別な思いがある。それは学生時代に読んだ堀辰雄の「風立ちぬ」の文学と私自身の思い出が激しく交差し我が脳内を駆け巡るからだ。「風立ちぬ」は生きることよりも、死を問い続けた作品のようだが、同時に生きることの意味を問う作品でもある。音楽祭の帰りには高原を車で走り抜け私の夏は終わる。

・・・(それはもう秋に近い日だった)「私たちはお前の描きかけの絵を画架に立てかけたまま、その白樺の木陰に寝そべって果物を齧っていた。砂のような雲が空をさらさらと流れていった。そのとき不意に何処からともなく風が立った」…風立ちぬの一節より

松本市と音楽
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2016.09.26 / Top↑