先年、ミラノを訪れたときミラノ中央駅が巨大な鋼鉄で覆われたホームに圧倒された記憶がある。巨大な駅はファシストのムッソリーニの権力の象徴だといわれる。映画「ひまわり」はそのホームから以前戦場に行く若き夫を見送った。そして同じホームから再会したが戦争で失われた時を取り戻すことは叶わず愛しながらかっての夫を見送る。ミラノ中央駅でのラストシーンだ。マルチェロ・マストロヤニとソフィア・ローレンスの二人の魅力についアーカイブのフイルムに魅入つてしまった。私がミラノを訪れた理由は20年に及ぶ修復を一人の偉大な女性修復家ピニン・ブランビッラー氏の偉業によって蘇ったサンタ・マリア・デッレ・グラツイエ修道院の「最後の晩餐」を観るためだった。だがもう一つの理由に古い友人に会うためでもあった。行く前から連絡をとったが応答がなく心配はしていた。ミラノに着いて友人を知る関係者に消息を訊いて歩いたがどうやら会いに行くのが遅すぎたようだった。


テレビ画面に池田満寿夫さんの顔が大きく映りだされた。妻の佐藤陽子さんに向かって写楽への推理を誇らしげに語っていた。 推理ドキュメント「 謎の絵師・写楽」が再放送された。以前見たことは殆どが記憶から消え、まるで初めて見るかのように魅入った。写楽は江戸時代の中期に10ヶ月余りという短い期間に役者などの作品を残し忽然と姿をけした浮世絵師。生没など経歴はさまざまな研究がされてきた。
池田満寿夫さんの感性を頼りに写楽はいったい何者だとせまったドキュメンタリーフイルムだ。そして一人の役者にたどりついたのだった。
撮影された当時池田さんは多分40代後半だっただろうと思う。妻の佐藤陽子さんはそれよりずっと若い。瑞々しく語る二人の姿がやたら懐かしい。私が知る池田さんは世界に羽ばたき始めたころだった。意気揚々弾けんばかりの勢いでかっこ良かった。憧れもした。生き方に大いに影響をうけたものだった。
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2017.11.17 / Top↑
堀辰雄の作品に憧れ毎年、晩夏に信州を訪れるのが私の楽しみだった。けれど今年は松本の音楽祭にも八ヶ岳で制作する古くからの友人のアトリエも訪ねることが出来なかった。それは制作に籠り余裕を失っていたからだった。今夏は日本中が夏らしい空を見ることなく秋を迎えることになった。八月九日長崎原爆の日に被爆者協議会議長の川野浩一氏が安倍総理に面と向かって「あなたはどこの国の総理ですか」と詰め寄った。お友達の為の政治を展開する安倍総理に、多くの国民の思いを代弁するかのようなような厳しい言葉だった。

散歩から戻ると私の家の前に美しい車がとまっていた。20年ほど前に生産されたイギリスの名車だ。突然の客人に挨拶抜きにその場で車談議がはじまってしまった。客人はロンドンの名門モッシマンズから招待をうけた和食の職人だ。開店のおりには推薦文をかいた。とにかく入りにくい店構えで、まるで入店することを拒否するかのような閉ざされた構えだ。また店の包装紙には私の絵柄が採用されている。店の構えもそうだが、難解な私の造形を包装紙にしようとするセンスは明らかにアブノーマルのように思える。事を極めようとすればするほど人は去り孤独だという。精神の成長に孤独は重要だとエールを送った。突然の一家言ある青年の来訪は大いなる刺激だった。
2017.09.03 / Top↑
東北に住む古くからの友人から今年も美しいさくらんぼが届いた。桜桃忌も一緒に行った仲だ。昨年は東北でも芸術祭がおこなわれたという。近年、日本各地で町おこしにトリエンナーレ、アートフェアといった芸術祭が開催されるようになった。文化が経済を支えるようになれば素晴らしいことだ。

約800点余りの応募から15点が選ばれたという超難関の「第一回ぎふ芸術祭」を鑑賞した。トリエンナーレ形式にしてはコンクールはめずらしい。審査員も文学者、哲学者、ダンサーとそれぞれの分野で活躍する人たちで、どんな先鋭的な作品が選ばれているのかと大いに期待した。世界的な美術コンクールはそれなりに難関であるが、ぎふ芸術祭の倍率は桁外れな倍率だろう。たぶん落選した作品に良い作品があったのだろうと推察できる。

芸術祭の帰り道でカツ丼の店を見つけ車を徐行し店の構えをみて、いけっそうだと思い、はいてみた。メニューを見る間もなく「カツ丼」を注文した。しばらくして運ばれ丼ぶりの蓋を開けるなり私が期待したにおいではなかった。けれどお腹も空いていたこともありカツを一口食したのだが私がイメージしていた味とかなりの差があった。店主に「これがカツ丼かと」文句の一つくらい言いたいぐらいだった。しかし味も人それぞれだと思い店を後にした。私はこれまでに不味いと激しく感じた店にはいてしまった不幸はこれで三軒目になる。
2017.07.02 / Top↑
先週末、アメリカの大学でギター奏法の研鑽をし帰国した時以来の友人であるギタリストのコンサートに出かけた。アンコールの最後に必ずタレガ作曲の「アルハンブラの思い出」を弾いてくれる。小品でよく耳にするギターの名曲だ、シンプルな曲のように思うがトレモ奏法を活用し高度なテクニックを要する難曲である。帰国したころにはコンサートを企画したりして応援をしてきた。今ではホールを一杯に出来るほどに成長し、鳴りやまない拍手に感慨深いものがあった。

私がギターの魅力を知ったのは、学生時代にJR高円寺駅南口から商店街を10分ほど歩いたところのアパートに住んでいたギタリストの演奏を聴いたのがはじまりだった。そのギタリストは小原安正という日本のクラシックギターの祖といわれた人の最初の弟子だといっていた。いつ行っても六畳のアパートでギターを弾いていた。プラスチック製のレコードプレーヤーでセゴビアやイエペスの演奏を聴かせてくれた。

演奏が一旦終わると必ずおやつ代わりに信州そばの出前をとってくれた。当時いつも腹を空かしていた私にはそれが楽しみで行くようなことでもあった。年齢は不詳だったが当時、イエペスのように頭髪はなく、私より一回り以上は年上の感じだった。演奏もさることながら、ダダ的な文学の話や政治の話をよくしてくれ常に挑発的な会話に引き込まれた。大学の授業よりはるかに面白く一時期はその人のアパートに入り浸りで、やがて出入りは玄関口からではなく窓を乗り越えて直接部屋に出入りするようになった。有名な大学を二つも卒業しているというのに演奏とかで働きに出かける姿を見たことも聞いたこともなく不思議でならなかった。
2017.05.30 / Top↑
個展2017


ギャラリーの二階の窓から桜が満開に見えるころに個展ははじまった。そして春の嵐で桜の花
が散り始めたころに終了し、通路はピンクの花びらの絨毯が敷かれているかのように美しい。
多くのみなさんにご高覧いただき,有難うございました。また新たな思考の機会を与えていただ
き感謝いたします。春の鋭角な光の中で新たな出発です。

2017.04.21 / Top↑