一か月ほど前に大学で教員をしていた知人から早期退職したという知らせの葉書が届いた。その知人は熱心な教育者であり研究者でもあり数少ない尊敬する大学教員だった。理由は漏れ伺うに上層部の権力の乱用という理不尽なもののようだ。

某大学の一人の青年が巨大な組織を相手に真実という武器一つで闘いに挑んだ。へたすれば潰され抹殺されてしまう。けれど青年の告白は巨大な歪んだ組織を大いに揺るがせダメージを与えた。テレビに映りだされる権力者の表情は傲慢で醜いものだった。市民の多くはこれが大学人の姿かと愕然としたことだろう。今回はメデイアをはじめ多くの市民が応援してくれたが、不条理に満ちた理不尽な教育現場の対応は他にも身近にあるような気がする。全てではないが嘘をつく構造は政治とよく似ている。

GINZA SIX6F THE CLUBで菅木志雄氏の「放された縁在」展をみた。かって1960年後半に台頭した前衛グループ「もの派」の作家として活躍してきたが、今なお衰えることなく一線で活躍しているのは嬉しい。木材や金属を素材に生み出された空間。テクストに「人間」も「もの」も同価値と述べている。かってガーゼを石膏でからめリアルな人体像作ったポプアートの巨匠、ジョージ・シーガルは人の形をしていても魂の抜け殻は「もの」と同じだと現代人の精神の不在性を語ったことを思い出す。
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2018.06.05 / Top↑
私が上京し予備校に通い始めた頃、友人に誘われよく新宿にあった木馬や風月堂に行ったことがあった。店はいつも若者で混み相席はあたりまえだった。あるとき相席した若者が私は詩人だと言って「詩人」と書かれた名刺を差し出してくれたことがあった。高校生のころに名刺というものを受け取ったことはなかった私には至極新鮮だった。何よりも「詩人」と名乗ることに強烈な驚きを覚えた。当時、私と同年齢ぐらいに見えたのだが、眼光はするどく、私はひどく引け目を感じ都会には凄い若者がいるのだとショックをうけた。
私も詩は嫌いではなかったし高校時代の友人でフランス文学に熱中していた偏屈者がいた。その友人からダダなどの先鋭的な詩を教えてもらい随分影響を受けた。その友人は後に仏文科の教授になった。

過日、一人の若者から詩集を作ったから読んでほしいと連絡をもらった。今の若者が詩集を作ることは日ごろあまり耳にしたことが無く至極新鮮だった。私が学生時代によく街で「私の詩集」を買って下さいと書かれた段ボールを首にかけ、ガリ版刷りの素朴な詩集を売っていた若者がいた。孤独とか不条理を詠った青年期特有の鋭角な感性の内容だった。そんなことを思い出しながら約束の場所に行き詩集を見せてもらい、一冊買った。孤独とか不条理とかと言った心に突き刺さるようなインパクトのあるものではなく、憧れや夢を湧きたたせるような美しい言葉だった。いささか肩透かしをくらった想いだったが、ネットなどに夢中になっている若者が多いいま、詩を作るという言葉を大切にする生活に憧れているという若者になんだか心惹かれたのだった。

東大安田講堂前の地下食堂に飾られていた宇佐美圭司氏の大作が廃棄されたという。宇佐美圭司氏は私が学生の頃よく訪れた日本橋の南画廊で何度かお会いしたことがあった。当時、先鋭的な新しい絵画の騎手として注目され憧れた作家だった。今では日本を代表する重要な作家だ。作品はコレクターがなかなか手放さなくオークションにも滅多に出ない貴重な作品ばかりだ。廃棄したとは信じがたいのだが愚かとしか言いようがない想いだ。
2018.05.10 / Top↑
今年早々に東北に住む知人から春には故郷にもどりたいという事情が綴られた分厚い手紙が届いた。永年慣れ親しんだ地を離れるのは心痛むことだろうと、返事を書いた。それから三か月余して、先ごろ引っ越してきてしまったと、メールが届いた。私の懐かしい青春がもどってきたような嬉し知らせだった。

「もの派」展。今、世界が注目する日本の前衛美術の展覧会が銀座のデパートで開催されていると友人から連絡を受け早々に観にいった。関根伸夫、菅木志雄、原口典之ら懐かしい面々。保守的なデパートが戦後最も難解とされた「もの派」展を開催したのは驚きだった。作品の値段も草間彌生には及ばないにせよ、アカデミックな絵画よりはるかに高額だ。係の店員に銀座のデパートはファイン・アートも流石に前衛を行きますねと、話しかけると嬉しいですねと話が弾んだ。

品川・御殿山にある原美術館では館長の原俊夫氏が初めて自ら選びキュレーションしたコレクション展「現代美術に魅せられて」展は魅了された。ラウシェンバーク、ジャスパー・ジョーンズ、ジャン・ティンゲリー等私が学生時代に胸を躍らせて観た作品ばかりに心癒される展覧会だった。原美術館は小さな美術館だけれど現代美術の一級品ばかりにコレクターの感性の鋭さには驚くばかりだ。

有楽町の東京国際フォーラムで開催された「アートフェア東京2018」にはご高覧頂き有難うございました。会場でお会い出来なく手紙やメールを頂いた方々に、この場をかりてお礼申し上げます。164画廊、4日間で60029人の入場者だったとのこと。美術の祭典のようでもあった。また新しい若い世代の作品の一端を観る思いでもあった。

教育現場に国が介入するという、恐ろしい事件。公文書改ざん事件、権力の不穏な動きに毎日不快な思いが続く。過日、ニューヨーク・フィルと五島龍のヴァイオリンを聴いた。音楽による慰めのひと時、ストラヴィンスキーの「春の祭典」は圧巻だった。

お知らせ
ART BUSAN 
INTERNATIONAL ART FAIR 2018 KORE
20Apr-22apr 18
BEXCO EXHIBTION HALL
SHUMOKU GALLERYより出品いたします。

2018.03.31 / Top↑
若手チェリストの宮田大のコンサートに出かけた。サイトウキネンフェスティバルなどのアンサンブル等で聴く機会は何度かあったが、ソロコンサートを聴くのは初めてだった。ドビッシーの小組曲が躍動感と叙情性が冴え素晴らしいものだった。ヴァイオリン・ソナタで有名なフランクのチェロ・ソナタもヴァイオリンとは違う清々しさがあり聴きごたえがあった。アンコ―ルに応えた笑顔がヒューマンなジャーナリストだった若き日の筑紫哲也氏にどこか似て爽やかな印象を受けた。先年、運よく小澤征爾氏の誕生日コンサートを筑紫哲也氏の司会で聴いたことがあった、その時のロストロ・ポーヴィッチのチェロ演奏を思いな出しながら、演奏後にCDを買いサイン会に参加した。若いクラシックフアンに混じって並んでいるところをゼミの教え子に会った。教え子は学生時代から学生オケでチェロを弾いていて今も市民オーケストラで頑張っているという。昨年新しいチェロにバージョンアップしたと嬉しそうに語ってくれた。

お知らせ
アートフェア東京2018に作品を出品いたします。機会がありましたらご高覧下さい。
会 期:2018年3月9日(金)、10日(土)11日(日)、11時~20時。
会 場:東京国際フォーラム(千代田区丸の内3-5-1)。South Winng Door4 BoothNumber32 
                  SHUMOKU GALLERY。
入場料:前売券3000円(チケットぴあ、ローソンチケット)。当日券3500円。
2018.03.01 / Top↑
大晦日に賀状をポストに投函し、その数時間後の元旦早々から年賀葉書を買いにコンビニへ出かけた。それを皮切りに良いことも悪いことも含め毎日外出し、きょうまで慌ただしく過ごした。何だか今年は忙しくなるのかと思ったりもするのだが、とにかく平和で元気に過ごしたいものだと願う。

日頃からテレビは特定な番組以外は殆ど見ないのだが、偶然「ウーマンラッシュアワー」というお笑いコンビを目にした。社会問題、政治批判を五分余りの時間に凝縮し猛スピードでリズミカルに喋る。日頃思っている疑問や理不尽がたてつづく内容に聴衆は思わず心奪われ笑う。聴衆を笑わせておいて一番問題なのは、笑っている「お前たちだ」と聴衆を指さして終わる。
危うい政権を選んでいるのは「私たち」なのだとい根源的な問題をネタに終始していることに、戸惑いもあり面白くないという意見もあるという、けれど識者からは賞賛の声が相次いでいる。欧米では、芸術家や俳優、タレントが堂々と政治批判する。日本の報道の自由度は世界72番目だ。

私が昨年に制作した作品で一番気に入っている一点を20日からSHUMOKU GALLERYの一階スペースで展示致します。機会がありましたらご高覧ください。二階のスペースではNippon Modern Art1950-1959が開催されます。高間惣七、猪熊弦一郎、佐藤敬、香月泰男、オノサト・トシノブ、菅井汲、堂本尚郎、古沢岩美、脇田和ら日本の現代美術を支えた重鎮。私が憧れ影響を受けてきた作家ばかりだ。堂本尚郎氏には晩年何度かお会いする機会もあり会食もした.。格調高い静かな会話に畏敬の念を抱いたものだ。
2018.01.25 / Top↑