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美術史家の高階秀爾氏がパリ留学から帰国して間もない頃、スリーピース・スーツを着こなし教壇にたった姿を今でも鮮烈に覚えている。ダンディでかっこよかった。知性の塊のようでエレガンスな雰囲気は当時、美術を学ぶ若者には強いあこがれを抱かせるものだった。

かっての高階秀爾氏を想起させるようなスーパーエリートの若い美術史家から八月某日12時**分にそちらの駅に着くとメールが入った。その日は40度余りの猛暑日だった。私は30分ぐらい前から小さな駅舎の待合で一人の来訪者を待った。高階秀爾氏の後輩にあたるが、留学先はパリではなくニューヨークだったという。駅から10分ほど車で走り私の仕事場に案内した。仕事場が待庵ほどの空間だと前もって伝えてはあったので、狭小空間にはあまり驚いたふうではなかった。中学生時代の作品から現在制作中の作品まで観た後に、イーゼルに掛けてあった「けん玉」を手にし、大皿、中皿、そして、すくいけんと私の目の前でハイレベルのけん玉を披露してくれた。そうして話し込んでいる間に帰る時間が迫り、急いで駅まで送った。ホームに電車が入ると同時に来訪者は電車に乗り込むことができた。

お知らせ
広島で展覧会を致します。1980年代の重要な作品から新作までを発表いたします。
機会がありましたら、ご高覧ください。

展覧会名:山村國晶展
会   場:天満屋広島八丁堀美術画廊
会   期:2018年8月29日(水)~9月3日(月)
個展用テクスト  B5 10頁

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2018.08.24 / Top↑
もう随分むかしにスペインのコルドバを訪れたとき、レストランの窓から見えた広場に設置された温度計が45度ぐらいを示していたのを記憶している。私が驚いていると店員がアンダルシア地方はスペインのフライパンだと話してくれたことがあった。昨今の日本列島の猛暑はそんなコルドバの強烈な暑さを思い出させるほどだ。湿度が高く暑い夏が苦手だという人は多い。しかし、なぜか私は若い頃から夏という季節は嫌いではない。それよりも汗だくで仕事をすることに一種エネルギッシュな詩的な想いがあった。そして青い空にむくむくと湧き出て形を変えていく入道雲への憧憬と共に暑さとの格闘が制作意欲に火をつけるかのような想いがある。

三月に五島龍のバイオリンを聴いたが、その後、竹澤恭子、樫本大進のバイオリンを聴いた。三人とも日本人でありながら日頃は海外で生活している演奏家だ。コンサートのために一時帰国するようなものだから、ほとんど日本人と言えるものではないような気もする。
竹澤恭子はもともとニューヨ-クを本拠地に活動していたが、近年はパリに活動拠点を移した。以前から表現力豊かな演奏だったが、今回の演奏は、黒沢明の映画を想起させるかのような、侍の決闘シーンのような情動だった。余談だが私は竹澤恭子フアンクラブの会員である。

一方、現在ベルリンフィルのコンサートマスターもしている樫本大進の演奏は端正で堂々とした演奏だった。竹澤恭子の演奏とは対照的の様にもみえるが、どちらとも個性豊かなことには変わりわなく日本が世界に誇る一級のソリストであるこには間違はない。余談だが、ピアノ伴奏をしたキリル・ゲルシュタインのピアノは圧巻だったが、ステージの風景がいつも見る風景よりすっきりしていた。それはいつもピアノ伴奏につく譜めくりをする人が居なくバイオリニストとピアニストの二人だけだったからだ。ゲルシュタインはアンコールを含め全て楽譜を見ることなく暗譜していたようであった。ピアノ伴奏というよりもデユオといった感じだった。

蒸し暑い日本の夏をめがけて海外に住む友人が三人、フランス、スイス、カナダからやってくる久し振りに会うのが楽しみな夏になりそうだ。
2018.07.25 / Top↑
私が上京し予備校に通い始めた頃、友人に誘われよく新宿にあった木馬や風月堂に行ったことがあった。店はいつも若者で混み相席はあたりまえだった。あるとき相席した若者が私は詩人だと言って「詩人」と書かれた名刺を差し出してくれたことがあった。高校生のころに名刺というものを受け取ったことはなかった私には至極新鮮だった。何よりも「詩人」と名乗ることに強烈な驚きを覚えた。当時、私と同年齢ぐらいに見えたのだが、眼光はするどく、私はひどく引け目を感じ都会には凄い若者がいるのだとショックをうけた。
私も詩は嫌いではなかったし高校時代の友人でフランス文学に熱中していた偏屈者がいた。その友人からダダなどの先鋭的な詩を教えてもらい随分影響を受けた。その友人は後に仏文科の教授になった。

過日、一人の若者から詩集を作ったから読んでほしいと連絡をもらった。今の若者が詩集を作ることは日ごろあまり耳にしたことが無く至極新鮮だった。私が学生時代によく街で「私の詩集」を買って下さいと書かれた段ボールを首にかけ、ガリ版刷りの素朴な詩集を売っていた若者がいた。孤独とか不条理を詠った青年期特有の鋭角な感性の内容だった。そんなことを思い出しながら約束の場所に行き詩集を見せてもらい、一冊買った。孤独とか不条理とかと言った心に突き刺さるようなインパクトのあるものではなく、憧れや夢を湧きたたせるような美しい言葉だった。いささか肩透かしをくらった想いだったが、ネットなどに夢中になっている若者が多いいま、詩を作るという言葉を大切にする生活に憧れているという若者になんだか心惹かれたのだった。

東大安田講堂前の地下食堂に飾られていた宇佐美圭司氏の大作が廃棄されたという。宇佐美圭司氏は私が学生の頃よく訪れた日本橋の南画廊で何度かお会いしたことがあった。当時、先鋭的な新しい絵画の騎手として注目され憧れた作家だった。今では日本を代表する重要な作家だ。作品はコレクターがなかなか手放さなくオークションにも滅多に出ない貴重な作品ばかりだ。廃棄したとは信じがたいのだが愚かとしか言いようがない想いだ。
2018.05.10 / Top↑
今年早々に東北に住む知人から春には故郷にもどりたいという事情が綴られた分厚い手紙が届いた。永年慣れ親しんだ地を離れるのは心痛むことだろうと、返事を書いた。それから三か月余して、先ごろ引っ越してきてしまったと、メールが届いた。私の懐かしい青春がもどってきたような嬉し知らせだった。

「もの派」展。今、世界が注目する日本の前衛美術の展覧会が銀座のデパートで開催されていると友人から連絡を受け早々に観にいった。関根伸夫、菅木志雄、原口典之ら懐かしい面々。保守的なデパートが戦後最も難解とされた「もの派」展を開催したのは驚きだった。作品の値段も草間彌生には及ばないにせよ、アカデミックな絵画よりはるかに高額だ。係の店員に銀座のデパートはファイン・アートも流石に前衛を行きますねと、話しかけると嬉しいですねと話が弾んだ。

品川・御殿山にある原美術館では館長の原俊夫氏が初めて自ら選びキュレーションしたコレクション展「現代美術に魅せられて」展は魅了された。ラウシェンバーク、ジャスパー・ジョーンズ、ジャン・ティンゲリー等私が学生時代に胸を躍らせて観た作品ばかりに心癒される展覧会だった。原美術館は小さな美術館だけれど現代美術の一級品ばかりにコレクターの感性の鋭さには驚くばかりだ。

有楽町の東京国際フォーラムで開催された「アートフェア東京2018」にはご高覧頂き有難うございました。会場でお会い出来なく手紙やメールを頂いた方々に、この場をかりてお礼申し上げます。164画廊、4日間で60029人の入場者だったとのこと。美術の祭典のようでもあった。また新しい若い世代の作品の一端を観る思いでもあった。

教育現場に国が介入するという、恐ろしい事件。公文書改ざん事件、権力の不穏な動きに毎日不快な思いが続く。過日、ニューヨーク・フィルと五島龍のヴァイオリンを聴いた。音楽による慰めのひと時、ストラヴィンスキーの「春の祭典」は圧巻だった。

お知らせ
ART BUSAN 
INTERNATIONAL ART FAIR 2018 KORE
20Apr-22apr 18
BEXCO EXHIBTION HALL
SHUMOKU GALLERYより出品いたします。

2018.03.31 / Top↑
若手チェリストの宮田大のコンサートに出かけた。サイトウキネンフェスティバルなどのアンサンブル等で聴く機会は何度かあったが、ソロコンサートを聴くのは初めてだった。ドビッシーの小組曲が躍動感と叙情性が冴え素晴らしいものだった。ヴァイオリン・ソナタで有名なフランクのチェロ・ソナタもヴァイオリンとは違う清々しさがあり聴きごたえがあった。アンコ―ルに応えた笑顔がヒューマンなジャーナリストだった若き日の筑紫哲也氏にどこか似て爽やかな印象を受けた。先年、運よく小澤征爾氏の誕生日コンサートを筑紫哲也氏の司会で聴いたことがあった、その時のロストロ・ポーヴィッチのチェロ演奏を思いな出しながら、演奏後にCDを買いサイン会に参加した。若いクラシックフアンに混じって並んでいるところをゼミの教え子に会った。教え子は学生時代から学生オケでチェロを弾いていて今も市民オーケストラで頑張っているという。昨年新しいチェロにバージョンアップしたと嬉しそうに語ってくれた。

お知らせ
アートフェア東京2018に作品を出品いたします。機会がありましたらご高覧下さい。
会 期:2018年3月9日(金)、10日(土)11日(日)、11時~20時。
会 場:東京国際フォーラム(千代田区丸の内3-5-1)。South Winng Door4 BoothNumber32 
                  SHUMOKU GALLERY。
入場料:前売券3000円(チケットぴあ、ローソンチケット)。当日券3500円。
2018.03.01 / Top↑