FC2ブログ
ある雪の夜一台の車がガソリンスタンドに給油に訪れる。車の運転席にはカトリーヌ・ドヌーブが演じるジュヌヴィエーヴが、助手席には3,4歳の女の子がのっている。入営の日シェルブール駅で別れて以来のかっての恋人との再会。娘の名前はフランソワーズと告げる、会ってみると訊くが、彼は無言で首を振る。お互いの幸せを確認し合うと車は去っていく。

ある会で、シェルブールの雨傘の旋律が流れると、受講生の一人がシェルブールの雨傘のエピローグを熱く話してくれた。人生には多くの詩的な物語があってこそ、豊かな生活を送ることができるのだと、あらためて想う。

お知らせ
6人の作家による展覧会をいたします、機会がありましたらご高覧ください
展覧会名:PopUp展
会   場:MAHO KUBOTA GALLERY(渋谷区神宮前2-4-7 1F)
会   期:2019年4月12日(金)~5月11日(土)日・月・祝は休廊、GW中は休廊 12-7pm
展示作家:山村國晶、鈴木広行、岸本清子、荒川修作、三岸好太郎、中西夏之
スポンサーサイト
2019.04.10 / Top↑
ことしも庭のサクラソウが咲きはじめた。

貧乏学生だった頃、一人の友人が小さな鉢植えのサクラソウを抱えて訪れてくれたことがあった。当時、私の住んでいたアパートは戦災を免れた古い建物で、薄暗い部屋には机と本箱だけの侘しい雰囲気だった。友人が持ってきてくれたサクラソウが窓辺に置かれると、部屋の雰囲気は一変し一気に明るく少し華やいだ感じになった。
当時、常に腹を空かせていた私には花より腹の足しになるものの方が有難いと思っていた。けれど、一鉢のサクラソウは夏ごろまで咲き薄汚れた侘しい部屋を明るく私は毎日がウキウキするような感じに,花のある生活の素晴らしさを知った。それいらい友人宅を訪れるときはいつも少しだけれど花を持って行くことが習慣になった。

先年、私が大病を患い、九死一生を得、危篤状態から脱し歩くことが許された時、サクラソウをくれた友人の声が聴きたくなり院内の公衆電話から電話をした、コール音がしばらく鳴り続いてから家族の人が電話口に出た。私は学生時代の友人だと告げると、少し間をおいて重苦しい声で、今日、友人の葬儀をすませたところだったと聞かされた。何という事だろうと、私は言葉を失った。

サクラソウは美しく清楚な花だ。この時期になるとサクラソウから私は私の内に咲かせてくれた大切なことを想う、そして多くなことを回想するのだった。
2019.03.18 / Top↑
古民家をリノベーションしたイタリア料理店を久し振りに訪ねた。京都の町屋を彷彿させる情緒あふれる佇まいと雰囲気はビルが林立する殺風景な都市空間にはほっとする贅沢な空間だ。案内され席に着き料理を待つ間、壁に掛けられた二点の木版画が目にとまり、私は席を立ちポケットから車のキーに付けられた小さな懐中電灯を取り出し版画に記されたサインを確認した。挙動不審な動きに若い店員が私を不思議そうに注視しているようだった。私が川上澄生の作品であることを告げると、店員はオーナーの趣味だと笑顔で話してくれた。

棟方志功が木版画を始めたのは川上澄生の「初夏の風」という作品に触発され猛然と始めたという。かって、そのことを津軽弁で語ってくれたことがあった。「かぜとなりたや はつなつの かぜとなりたや かのひとのまえに・・・」。この詩は「初夏の風」に彫られた詩で、「かのひと」とは川上澄生の初恋の女性だったという。

ほかにも竹下夢二の作品も数点飾られていた。竹下夢二は「宵待草」で一世風靡した恋多き人生であった。130年ほど前の古民家に大正ロマンの作品はよく似合う。作品に思いを馳せながらの食事は一段と料理が美味しくもあり粋な時を過ごすことができたのだった。
2019.02.18 / Top↑
12月の初旬に毎年決まって個展を開催するという、案内状が今年も届いた。もう10年以上も続く。会場には殆ど作品らしきモノは置かれていない。こうした光景は現代美術では珍しくはない。けれど毎年同じような行為が同じ時期に行われていることには何か作者の意図することがあるのではないかと、言われるようになった。私はたまたま会場に居合わせた人に其の想いを訊ねてみた。するとその人は12月の最初の週に作者のモニュメンタルな日が存在しているのではないでしょうかと、話してくれた。そして、なおもその人は自分の亡羊とした過ぎし日を、なぞるように毎年それも10年以上も続いていることは凄いことですねと、私に同意を求めるように語り、会場に立ち尽くしていた。
人は日々溢れるほどの情報が降り注ぐ生活のなかで、一つの出来事だけを忘れずに抱き続けることは出来るのだろうか。だとしたら、この不可解な個展には作者の人生を今日まで支えてきた重要な出来事の日が隠されているのだろうかと、思うと胸が熱くなるのだった。

外出先で昼食をしようと店をさがし、昭和の風情の残る洋食屋を見つけてはいた。ラストオーダー前だったせいか店内は空いていた。案内された席に着くと、横と後ろの壁面に私の作品が飾られているのが目に飛び込み驚いた。その作品の一点は私にとって重要な作品だった。食事が運ばれる間に作品に近付き懸命に見た。額にはめられていたガラスが汚れているのと店内が明るくないせいか、傷み具合など画面の詳細は分からなかった。
店員に飾られた絵について訊いてみようと何度も思った。けれど若い店員はおそらく何も知らないだろうし、唐突な客からの質問に戸惑うだけだろうと思い訊くことはなかった。それでも食事を済ませ店を出る時に思い切って店主を呼び、作品を買い戻したい旨を伝えたいと思ったのだが、やはり言えなかった。
2018.12.17 / Top↑
モーツアルトを聴きながらの運転は疲れが和らぐと音楽好きな友人が教えてくれたことがあった。先週のはじめに詩人で建築家の立原道造が愛した清涼で「美しい午前の光」にみちた風景を見に出かけた。往復7時間余りを一人での運転は少しきつかったが、マンネリ化しそうな制作の日々を少しは変えられた想いだった。
ジャコメッティの著書などで知られる哲学者の矢内原伊作は、堀辰雄の「風たちぬ」の解説の中で、立原道造の詩に少し触れている。それは危険なほど純粋な詩人だと評している。立原道造は戦後日本のモダニズム建築を牽引した丹下健三の一級上で建築家としても優秀だった。けれど13歳の時に既に北原白秋を訪ねていて、詩にも造詣が深かったようだ。
私は現職時代に上司から純粋すぎるから危険だと言われたことがあった。その時、滑稽なことを言う上司だと苦笑いしたことを思い出す。

一柳慧が文化勲章を受章した。学生時代に現代音楽なるものを聴き、フルクサスを知るきっかけになった。図形楽譜や反芸術に憧れ導いてくれ、大変影響を受けた一人だ。
草間彌生も一昨年に文化勲章を授章した。近年、かっての前衛が今では主流になってしまった。
文化勲章を辞退した、河井寛次郎や熊谷守一のような最後までアウトローで一市民でいたい想いも立派だが、現代美術や現代音楽が唯の変り者がする意味不明の芸術だという印象を外すには、時に分かりやすい勲章かもしれない。

蓼科高原で小さな風車とドライフラワーの花束とリンゴジャムを買った。風車は庭に設置して晩秋の風を受けくるくると回っている。ドライフラワーは仕事場の床に置いた。11月の光はなにもかも透明にしてくれると友人の詩人が書いてくれたことがあった。

2018.11.20 / Top↑