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名古屋市博物館で開催中の「広島原爆体験絵画展」を偶然観る機会を得た。

作者の牧野俊介さんは当時岡山放送局から、広島に原爆投下されたあくる日の8月7日から11日まで広島市内に救援活動にいかれ、現実に目の前にした地獄の情景の体験を絵画にしたものだった。

作品のタイトルの日付けは1945年8月8日、9日、11日の三日間になっている。主な作品のタイトルを拾い上げてみる。

8月8日「広島駅前の焼けトタン板の上に並べられた爆死体」「老婆は孫を抱いたまま」「軍人病院の内部ずらり患者の黒こげ遺体」「熱かったであろう水を求めて池に首を突っ込んで亡くなっていた」「市電は吹き飛ばされて線路上にはなく、中には黒こげ遺体」「市電の車内には多数の爆死体」「太田川に浮かんだ遺体・軍馬も」・・・。

8月9日「河に浮かんだ、おびただしい死体の引き上げ作業」「引き上げられた土手ですぐ焼く、赤子を抱いたままの母親も」「川からひきあげられた死体を積み上げて石油をかけて焼却」「あちこちで見られた死体焼却現場、やま積みの死体」「子供の遺体を抱えて帰る母親」「小学校の校庭らしき処で火葬・子供が多い」「救援活動中、突然足をつかまれ、水をくれー」・・・。

タイトルからだけでも原爆が破壊するエネルギーの凄まじさが伝わる。作者の牧野俊介さんの体験が純化され凝縮された表現は観るものを圧倒し釘付けにさせる。絵画がからこれほどの慟哭が伝わる作品は私は初めてである。
福島原発の死の灰は広島原爆の80万倍ともいわれる。

今年の5月25日にユネスコから「世界記憶遺産」に登録された山本作兵衛の筑豊の炭鉱画に匹敵する内容だった。

ヒロシマ、ナガサキの二度の被爆体験がありながら日本は何故原発を開発し推進してきたのだろうかと素朴な疑問
だ。
第二次大戦後同じ敗戦国として工業社会を歩んできたドイツと考え方が大きく違うのは何故だろうか。

インターネットにアップ・ロードされた映像に京大の小出祐章先生と東大の斑目春樹先生の発言が比較対照され放映されている。国の利権・権力にしがみついて生きてきた科学者、教育者の斑目先生は強欲の表情で「最後はお金でしょ」と語っているのが今の日本の体質を代表する印象的な言葉である。日本のトップと称される大学の先生がこのようなパーソナリティーではデタラメである。ドイツとの違いは教育の違いだと痛感する。ものいわずただ利権と添い寝している大学の先生がいると聞く。その下で学ぶ学生たちは何を規範として生きていけばいいのだろうか。


福島原発事故直後メディアによく登場した御用学者は最近退場したかのようだ。一方不屈の精神で真実を貫きとおしている京都大学原子炉実験所の小出裕章先生の著書「原発のウソ」がベストセラーだという。著書の中で小出先生は「エネルギー消費を抑えること」「原発は危険を貧しい人に押し付けるという人種差別」だと述べている。科学者であると同時に人間性豊かな思想家であり哲学者でもある。だから多くの原発に関わる本が店頭に並ぶなかで小出先生の著書が求められる。


村上春樹氏がエルサレム賞を受賞した時のスピーチで・・・「高くて固い壁があり、それにぶっかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」・・・もしどんな理由であれ壁側に立った作品を書く小説家がいたなら、その作品にいかなる価値を見いだせるでしょいか・・・。

作家にせよ科学者にせよ、また教育者も不条理とか理不尽という権力と向かい合い闘い真理の探究心の精神こそ人間としての評価だ。口先だけで語る人間は山ほどいる。真理が必ずしも光をあびるとは限らないが、しかし真理を見失った言動は必ずや壊れるのが歴史的な世の常である。

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2011.07.23 / Top↑