FC2ブログ
パリに住む友人から年賀が届いた。その友人は中学、高校と外国語は英語ではなくフランス語を学ぶ学校だった。
大学に入学してから学ぶ初級のフランス語はその友人には呆れるほど安易だった。けれども、初めてフランス語を学ぶ私には大切なフランス語のセンセイであり、なくてはならない友人だった。お陰でフランス語の成績はは常に優秀であった。

フランス語の教授からしばしば「君の答案用紙はいつもよく書けている」と褒められたものだった。そのたびに私は友人に感謝していた。しかし、私と比べ物にならないほど能力が上で優秀な友人は褒められることが、なかったのである。教授は何を思って私をあえて褒めたのかと思い悩んだ。。。が、教授は何もかもが分かっていたのだろうかとも思う。

あるひ、教授から自宅の塀塗りのアルバイトをたのまれ、友人のフランス語のセンセイを含めて数人で塀塗りに出かけたことがあった。その時にも仕事を終えて夕食をしながらの歓談中にも褒められ、フランスに行くことを勧められた。

そして、卒業が迫ったある日、その友人が話があるからと言って渋谷の喫茶店に呼び出された。唐突に「私、パリに行くからね」と告げられた。その友人との交友は卒業とともに終わってしまったのだった。

私のフランス語のセンセイとは、もう会うことはないだろうと思い、渋谷で別れたはずだったが後年、度々パリを訪れる機会に再会をすことになった。

友人のフランス語の能力の高さは学生当時、教授が褒めるどころのものではなかった、フランスへ行けと勧めたのは私しではなく、私のフランス語のセンセイにだった。私のフランス語のセンセイはパリでガイド通訳の国家資格をもつプロの通訳士なっていた。私が無理なことを言うと、センセイは私の通訳料は高いのだと冗談をいいながらパリを歩いてくれる。確かに日本から行く名だたる人々の通訳を受けているようだった。

学生時代フランス語の教授から褒められたのは私だったはずだがと、当時教授に、のせられたことに思いを馳せながら。。。もしムラカミの翻訳があったら「ノルウェイの森」を読んでみたらと勧めた、茫洋とした私たちと同じ世代を生きてきた青春がそこにあるかもしれないと。。。
... 続きを読む
スポンサーサイト
2014.01.23 / Top↑