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ベルリオーズの幻想交響曲の各楽章にそれぞれ一瞬だけれども「愛する旋律」が随所に登場する。イデー・フィックス(固定観念)といわれるものだ。学生時代に友人と一緒にクラシック専門の音楽喫茶でよく聴いたものだ。当時はその愛の旋律の箇所を聴き逃すことはなかったし、よく理解できた。今思えば青年期というものは感受性が研ぎ澄まされ、しなやかなだったと感慨深く想う。

幻想交響曲は「ある芸術家の生涯のエピソード」という副題と各楽章に標題が記された「標題音楽」でもある。ある芸術家とはベルリオーズ自身であるが、その物語は失恋に深く絶望しアヘンを吸いながら表現したものであるといわれる。

1960年代中頃にアメリカのヒッピーが薬物のLSD-25を吸い幻覚状態で表現したサイケデリック・アートと交錯する。けれども、それより130年ほども前にすでにベルリオーズは試みていたことになる。

そして、なおも驚くことは1845年のプログラムには、第四楽章の「断頭台への行進曲」の場面でアヘンを飲んで夢を見ることとなっている。20世紀の前衛芸術より遥かに過激だったわけである。

ベルリオーズが恋に落ち激しく思いをよせた女性に振り向いてほしいが故に、ロマン派を代表する名曲は生まれた。芸術家は創造の原動力をリビドーに似たエネルギーを源泉となることがしばしばある。

ベルリオーズの活躍に憧れの女性は振り向いた。そして目的の再会を果し結婚することになった。けれども長くは続くことはなかった。。。

小澤征爾さん指揮のボストン交響楽団演奏の幻想交響曲は恋に落ち苦しみ悩む作曲家の標題とするイメージが見事に表現された演奏だと思う。

司会者の筑紫哲也さんが小澤青年も今年で65歳になったと。。。その年のサイトウ・キネン・フェスティバルの折に開催された小澤さんの誕生祝いコンサートのチケットを、たまたま購入することが出来た。世界各国から祝いに駆けつけた音楽家は一曲づつ演奏した。その時のマキシム・ヴェンゲーロフのヴァイオリンは圧巻だった。

普通、指揮者はオーケストラの団員がステージに揃いチュ―ニングが終わると、拍手の中登場する。けれども最近の小澤さんは、時折楽団員に混じってぞろぞろと一緒にステージに登場する場面がある。世界の小澤さんが何のけれんみもなく飄々とした姿は、私の知る巨匠といわれた指揮者には無かった姿である。

指揮者のレオナード・バースタインも幻想交響曲をサイケデリックだと語った。サイケデリック・アートは幻覚剤を吸い幻覚状態で絵を描いたことから、ドラグ・アートともいわれた。LSD-25は一般に感覚や感情、時間などが拡張、変化する体験を引き起こす。日本では麻薬に指定されている。

今日から消費税が上がる。原発事故は危険が拡大するばかり。集団的自衛権。国家秘密保護法。NHK会長の自堕落な態度。危ういことばかりだ。笑っていいともに安倍首相が出演して国民はいいおじ様と勘違いしなければいいのだが。



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2014.04.01 / Top↑
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