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八月の終わりは毎年、松本市で開催される音楽祭を訪れるのが私の楽しみの一つだ。それは、もう秋に近い日々でもある。サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)のメンバーによる美しいアンサンブルの響きにいつも深い感銘をうける。そして、いつも感じるのは、メンバーの一人一人が本当に楽しそうに演奏する姿は他の演奏会ではあまり見られないことだ。メンバーの一人一人が自信に満ち溢れ心から音楽を愛しているからだろう。

今年からサイトウ・キネン・フェスティバル(SKF)はセイジ・オザワ松本フェスティバル(OMF)に名称変更した。サイトウ・キネンは桐朋学園の指導者で多くの優れた音楽家たちを育てた、故斉藤秀雄氏の名を冠したことは日本のクラシック・フアンなら誰もが知るところだ。ただ海外ではサイトウ・キネンという名称は理解しにくいという。しかし小澤征爾氏はじめ創立メンバーのほとんどが斉藤秀雄氏の指導をうけ尊敬していることから、オーケストラの名称変更はしなかったという。

コンサートの帰りタクシー乗り場でたまたま乗車したタクシーの運転手が八月はOMFのお陰でお客が多いと、とりわけ外国のお客をコンサート・ホールに乗せる機会も増え、国際交流として街のイメージアップにもつながる格調の高いイベントだと話してくれた。また、乗車したタクシーは、「でんきじどうしゃ」と書かれタクシーとしては珍しい車だった。停止中のエンジン音はなく、車内は静寂そのもので、車外の音がよく聞こえてくる。交差点で停車中に「安保法案反対」を懸命に訴える青年の声も鮮明に聞こえてきた。

ハウスコンサート

フランス・プロヴァンスを旅している途中、偶然立ち寄った小さな教会で聴いたヴィオラ・ダ・ガンバの演奏に心を奪われた知人の英文学者がいる。その時の印象を「恋に落ちた」ように語ってくれた。その後、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者を毎年日本に招待してハウスコンサートを開いている。その心はずむ素敵な話を私は新聞にエッセイを書いて紹介したことがある。

今回のコンサートはヴィオラ・ダ・ガンバとリコーダー、チェンバロとのアンサンブルだった。主役のガンバ奏者はアメリカ人だが他の二人は日本人だけれど三人ともヨーロッパで長く研鑽を積んだ実力派ばかりで素晴らしいコンサートだった。コンサートの終わりに三人の奏者をまじえ英文学者自らヴァイオリンをとり、そして子どもたち、お孫さんたちもヴァイオリンを取り出しバッハのブランデンブルクを合奏してくれた。

かって私も中学生ころに、父がビオラ、兄がチェロ、姉が第一ヴァイオリン、そして私が第二ヴァイオリンを担当し、お客がある度に私たち子どもを集めカルテットを披露するのが、父はとても嬉しかったようだった。

☆  ☆  ☆
土砂降りの夜に卒業生からメールが届いた。私の教え子が亡くなったことを詳しく書いて知らしてくれた内容だった。お通夜にゼミの教え子たちが多く集まった。早世は同級生に激しい動揺と深い悲しみを与えた。職を辞してからの教え子からの便りは嬉しいものだが、人生の逆の知らせは余りにも不条理でしかない。
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2015.08.28 / Top↑
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