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以前、今日のような陽気のいい春の日に、気のむくままに中央高速道路をゆっくり車を走らせた。私はかって名神高速道路で「ゆっくり運転」でパトロール隊から、もう少し速く走るようにと二度注意を享けたことがある。高速道路は速くても遅くてもいけないのだと・・・私の友人は道路が空いていたので右側車線を走っていて「キープ・レフト」で注意されたと聞いた。高速道路は当たり前だが自由にのんびりとはなかなか走れない拘束道路でもある。

気ままに駒ヶ根インターチェンジでおりた。その日は雲一つない快晴で千畳敷カールにでも登るつもりでもあった。ところがインターチェンジをおりるてすぐに駒ヶ根高原美術館の標識が目に飛び込んだ。

地元の作家の美術館だぐらいに思い入館した。

はいてすぐに池田満寿夫のコーナーが目に飛び込んだ1960年代の銅版画の全盛期の作品を中心にずらりと名品が展示されていた。かって池田さんのアトリエで観た懐かしい作品ばかりだ。こんな田舎の美術館に池田さんの作品が多くコレクションされているのかと、驚きと感銘を覚えながら時間の経つのを忘れてみいった。

池田さんの作品を観終えてふっと次に目に飛び込んだのは、草間弥生のコーナーだ。岡本太郎の「芸術は爆発だ」といわんばかりの衝撃的な作品だった。
そういえば、草間弥生と岡本太郎とどこか似たところがある。それは喋り方だ、二人とも言葉の発生が速く,多すぎて口の中で言葉が溢れていて、ぶつかり合って口から言葉が転げ落ちてくるかのようである。そして作品は二人とも観る者を一見不快にし、観ることを拒絶するかのようだ。

私は若いころに岡本太郎には2度会ったことがあるが私より背が低い、岡本太郎はピカソは僕より背が低いと語っていた。その時芸術家としての資質としては背の低いほうが有利だと思ったものだった。

向かい側には写真家の藤原新也の部屋があった。全体をブラックライトで独特の空間に演出した「メメント・モリ」(死を想え)があった。人生に深く考察を促す迫力のある作品だった。

浜田知明の「初年兵哀歌シリーズ」の版画がある。戦争における不条理や正義について考えさせられる作品だ。

その他ドーミエ、ゴヤ、ルオー、ロダン等の作品もあった。

観終わって館の関係者に面会して何故、この田舎に池田や草間の作品があるのか訊いた。「二人とも郷土の作家」だという。なるほど池田は長野市、草間は松本市の出身だ。郷土の誇る国際的な作家だ。だが地方の美術文化は今だ公募展が評価の基準だがよく前衛的な現代美術を評価したものだと不思議だが立派だと思う。

長野県は毎年夏に松本市で小澤征爾氏が率いる「サイトウ・キネン・フェスティバル」を開催したりして文化度の高い県のようだ。

これから気候のいい季節だ。ふらりと出かけて観るのもいい、意外なところに名品がある美術館である。

結局、その日は快晴で千畳敷カールに行くには絶好な日であったが、行くタイミングを逸してしまった。
(中央高速道路、駒ヶ根インターより約3分ぐらい、電話0265-83-5100)

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2011.04.12 / Top↑
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