この季節になるといつも思いだすことがある。ジュリエット・グレコやイブモンタンが歌ったシャンソンの名曲「さくらんぼが実る頃」、そして桜桃忌を。「さくらんぼが実る頃」は銀座7丁目にあった「銀巴里」や御茶ノ水にあったジローでよく聴いたものだった。
6月19日の桜桃忌には毎年、三鷹の禅林寺にも行った。いずれも学生時代によく語った友との思い出の中にある。さくらんぼの季節は短い・・・それは恋も命も儚いものだと歌う。詩歌の内容もリズムがまるで不健康だった若き日々として甦る。

太宰が山崎富江のような女性となぜ心中したのか不可解だといわれる、けれど桜桃忌に集まる太宰文学のフアンは何故か女性が多かった。無責任な男ほどもてる、誠実な男はもてないということだろうか。

太宰のお墓はいつもお供え物で溢れていたが、近くにあった森林太郎(鴎外)の墓はお供え物もなくひっそりしていた。鴎外の娘、森茉莉さんとは池田満寿夫さんのアトリエでたびたび会ったがもの靜かなひとだった。あの頃に私は集中して多くの個性豊かな才能と邂逅している、けれど多くの才能は不道徳で不良な知識人ばかりだったように感じていた。
スポンサーサイト
2016.06.16 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://kuniakiyamamura.blog111.fc2.com/tb.php/180-01d99374