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私が上京し予備校に通い始めた頃、友人に誘われよく新宿にあった木馬や風月堂に行ったことがあった。店はいつも若者で混み相席はあたりまえだった。あるとき相席した若者が私は詩人だと言って「詩人」と書かれた名刺を差し出してくれたことがあった。高校生のころに名刺というものを受け取ったことはなかった私には至極新鮮だった。何よりも「詩人」と名乗ることに強烈な驚きを覚えた。当時、私と同年齢ぐらいに見えたのだが、眼光はするどく、私はひどく引け目を感じ都会には凄い若者がいるのだとショックをうけた。
私も詩は嫌いではなかったし高校時代の友人でフランス文学に熱中していた偏屈者がいた。その友人からダダなどの先鋭的な詩を教えてもらい随分影響を受けた。その友人は後に仏文科の教授になった。

過日、一人の若者から詩集を作ったから読んでほしいと連絡をもらった。今の若者が詩集を作ることは日ごろあまり耳にしたことが無く至極新鮮だった。私が学生時代によく街で「私の詩集」を買って下さいと書かれた段ボールを首にかけ、ガリ版刷りの素朴な詩集を売っていた若者がいた。孤独とか不条理を詠った青年期特有の鋭角な感性の内容だった。そんなことを思い出しながら約束の場所に行き詩集を見せてもらい、一冊買った。孤独とか不条理とかと言った心に突き刺さるようなインパクトのあるものではなく、憧れや夢を湧きたたせるような美しい言葉だった。いささか肩透かしをくらった想いだったが、ネットなどに夢中になっている若者が多いいま、詩を作るという言葉を大切にする生活に憧れているという若者になんだか心惹かれたのだった。

東大安田講堂前の地下食堂に飾られていた宇佐美圭司氏の大作が廃棄されたという。宇佐美圭司氏は私が学生の頃よく訪れた日本橋の南画廊で何度かお会いしたことがあった。当時、先鋭的な新しい絵画の騎手として注目され憧れた作家だった。今では日本を代表する重要な作家だ。作品はコレクターがなかなか手放さなくオークションにも滅多に出ない貴重な作品ばかりだ。廃棄したとは信じがたいのだが愚かとしか言いようがない想いだ。
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2018.05.10 / Top↑
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