自宅から五分程歩いた所に私のアトリエはある。昨年の暮れに突然リホームをしなければならない理由が発生し、アトリエ内のもの全てを片づけなければならなくなった。一番の難題は本の整理だった。

すでに昨年、職を辞した時にも相当処分したはずだった。けれども全ての本を自宅に持ち込むことは不可能であり、多くを処分しないと到底入りきれるものではなかった。

それを見かねた友人で作家の青木健さんが文学、芸術系の古本を扱う店主を連れて来てくれた。半日かけて分別し軽トラック一杯積んで引き取ってくれた。タイヤが心もち凹んでいるかのようにも見えた。アトリエ内は随分と片づいたように見えたが、私が中学一年生から愛読してきた「美術手帳」や「みずゑ」とか画集などは当世商品価値無とのこと全て残されたのだった。

ニ、三日してリホームを依頼した高校の同窓でもある建築家の島田英明さんが整理状況を見に来た。案の定、私が本の整理どころか本に囲まれ読み耽けっているのを見て苦笑いしていた。。あくる日、応援二人がトラックで乗り付け、キャンバスやイーゼルや作品を自宅に運んだ。自宅はアトリエから運びこまれた物で立錐の余地もなくなった。

やがて私は目を瞑るかのようにして全ての本をトラックの荷台に放りこんだ。豪華な美術全集、「美術手帳」や「みずゑ」もだった。

それはまるで私の過去を全て否定し葬るかのようでもあった。けれども私たちは日々全てのものと別れることで、のびやかになるのだとも思うのだった。

一方、本を放り投げている最中に私は一冊の本をとっさに横によけたのだった。柴田翔の「されどわれらが日々」(第51回芥川賞受賞作品)だ。著者の自伝的青春文学で私より年上の作家の青春だが学生運動の時代は重なった。

自宅に持ち帰り一気に読んだ。読み直してみると随分と見方や感じ方が違うものであった。

主人公は終章で・・・「やがて、私たちが本当に年老いた時、若い人たちがきくかもしれない、あなた方の頃はどうだったのかと。その時私たちは答えるだろう。私たちの頃も同じように困難があった。もちろん時代が違うから違う困難ではあったけれども、困難があるという点では同じだ・・・東北の方はまだ寒いのだろう。雨の日など、
節子の傷の痕は痛まないだろうか。もし痛むなら、抱いて暖めてやりたいのだがーーーー」。

作品で描かれていることが長い時空を超えて現実に私に向けられているかのようでもあった。

当時、主人公はは学生運動を横目で見ていたエリ-ト学生だった。けれども主人公の恋人の友人たちが政治の季節を傷つきながら真剣に精一杯生きているのを間近でみて、傷つくことを恐れた主人公に失望し恋人はやがて離れていった。絶望の淵をさまよい社線のホームから転落し入院生活の後、東京を去り東北の小さなミッションスクールの英語の先生になることを決意して生きていくことを選んだのだった。

傷つくことを嫌う今の若者たちには理解不能な文学であると思うけれど、今という時代にも大きな困難はある。それを乗り越え生きていくには少なからず傷つくだろう、人は傷つきながら成長していくものだと思うのだが。

昨年の春から自由の身になり展覧会続きで、是迄以上に忙しくなった私には、「よけられた一冊の本」は「忙中、閑あり」であった。けれどもこの先、予定された展覧会が続き。アトリエの突然の変貌は私を狼狽させたのだった。








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2012.01.21 / Top↑
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